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Information どぶねずみ
ompa

 マニアックなアングラ小説です,不快感がある方は、 読むのを中断して下さい(^_^;)
綺麗な店だった。歌舞伎町のどの店よりも豪華でスタイリッシュに輝いていた。
愛と笑いと人情とエロスのくそったれな小説集

綺麗な店だった歌舞伎町のどの店より も豪華で
スタイリッシュに輝いていた,そうあの頃のあいつのように・・・  
俺がその店に行ったのは、四年の務めを 終えてしばらくのことだった  
昔の兄弟分が俺の出所祝いにと新宿 の極道を集めた場を
用意してくれたのだが、
しかし俺は断った  

俺は昔の俺じゃないそう俺は、極道の世界から足を洗った男だからだ  
服役中に組が解散したのをきっかけに
俺の悪党人生もこれが潮時だろうと、獄中で 足を洗う決意をした  
物心ついた頃からヤクザな世界でメシを 食って来た俺が、
今更どうやって生きて行 けばいいのかわからなかったが
しかし ここらが潮時だ 

ネオンの街をビビりなが ら肩で風を切って歩くのにももう飽きた  
代紋を持たない極道はただのドブネズミ だ、今更金ピカの兄ぃ達の前に
ドブネズ ミの姿を御披露した所で恥をかくだけなのだ
だから俺は兄弟分のせっかくの厚意を辞退させてもらったのだった  

兄弟とはガキの頃から共に新宿で泥を喰って来た戦友だった  
しかし今は立場は違う、あいつは華やか な新宿の兄ぃで
俺はヘドロにまみれたドブネズミ  
そんな兄弟は俺の意地っ張りな性格を 知っているのか
それ以上無理強いせずじゃあ2人で飲もうやと笑ってくれた  
しかし俺のポケットの中には8千円しか なかった
 
出勤前の優子を呼び止めた真っ赤なドレスに
安もんのコトを羽織った優子が ん?と振り返る
相変わらずの丸い目 は小動物を連想させた
おまえ今いくら持ってる・・・  
八畳ワンルムの片隅で俺は言いにく そうに靴下を弄りながら聞いた  
痩せても枯れても極道でメシを食って来た俺には
女の財布をあてにする事が何よ りの生き恥なのだ

優子がえっとね・・・と言いながら バッグを開く
優子のくたびれたバッグの 中には街角で配っている
ポケットティッ シュしか詰まっていない ”6千円ある、
優子は申し訳なさそうに俺の顔を見つめ ながら
財布からしわくちゃの千円札を取り出し俺に渡した
でもそうしたらおまえのタクシー代が ないだろ 、大丈夫歩いて行くから  
優子はあらいぐまのような丸い目をして 人懐っこく笑った  

ここから優子が勤める歌舞伎町の店までは 歩いて30分はかかる、
しかも外はどし ゃぶりの雨だ  
俺はその千円札を黙って優子のバッグに戻すと
その場にごろりと寝転がった

いくらいるの?・・・優子が恐る恐る俺の顔を覗き込んだ
安物の化粧品の匂いがいじらしい
いいよいらねぇよ・・・俺はこれ以上の生き恥をかきたくなくて
早く優子に部屋から出てって貰いたくて ジーッとテレビを見つめたまま
わざと突っ慳貪にそう言った
これからお店に行ってもう一度 前借りお願いしてみるから
・・・ねぇいくらい るの・・・  

優子は俺の機嫌が悪くなったのかと焦りながら、
恐る恐る俺の肩に静かに手を置いてそう言った
うるせぇガキのくせにゴタゴタ言って んじゃねぇ 、
いらねぇって言ったらいらねぇんだよ とっとと店に行って来いよ  
俺は肩に乗ってた優子の小さな手を振り解きながら
しかめっ面で煙草を銜え、そして火を付けないままテレビを睨みつける

・・・ごめんね・・・  
背後から優子の声が聞こえたフローリ ングをスリスリと歩く音が聞こえ
安物の 化粧品の匂いが遠離って行く ・・・行ってきます・・・  
優子の小さな声と共に、おんぼろマンシ ョンの扉がカチャッ・・・と
弱々しく閉ま った音がした  
優子が出て行った先をゆっくり振り返ると、
寝転がっていた俺の背後には、くだらねぇ小説が、
書きかけの原稿用紙とそして しわくちゃの千円札が6枚、
冷たい蛍光灯 に照らされていたのだった
 
四年ぶりの歌舞伎町だったあの頃とは随分
ネオンの色も変わっていたが、しかし この独特な人間臭は
あの頃となんにも変わ っちゃいなかった  
湿ったピンクチラシが地面にベタリと張り付いている
雨上がりの歩道を歩いていた 俺はふとビルのショーウィンドゥに映る
自分の歩き方を目にし、慌ててポケット から手を抜くと
スーッと背筋を伸ばした 
いくら極道の足を洗ったとてこの長年どっぷりと
裏社会を歩いて来た歩き方がすぐに なおるわけじゃない

背筋を伸ばしながら風林会館の前まで行くと
ビルの前で携帯電話を耳にあててい た若者が俺の顔を見るなり
携帯をパタンっと閉じギラギラとした目で微笑みなが ら、
お久しぶりですと俺の顔を覗き込んだ  
若者はスマートな濃紺のスーツを羽織り 銀行員のような髪型をしていた
見覚えの ない若者だったがそのギラギラした目の 輝きから
ヤクザもんだとわかる

兄貴が中でお待ちしておりますので・・ ・  
そう言いながら喫茶店の中に入って行く 若者の後に付いて行く
俺はその若者の後ろ姿を見つめながら ふいに思い出した
そいつは四年前俺が務めに行く少し前、兄弟の舎弟になった
歌舞伎町のホストの少年だ  
俺はそんな若者の背中においっと声を掛けた  
歩きながらはいと振り向いた若者の表情にはあの時の
チャラチャラしたガキ の面影はすっかり消え
修羅を彷徨う極道の面構えをしていた

頑張ってるな、俺がそう笑うと若者は覚えててくれたんですかと
急に人懐っこい笑顔で笑った
すると突然 おい!兄弟!と人が 溢れる巨大な喫茶店の窓側で
そう叫びながら男が立ち上がった  
コーヒを啜っていた台湾ホステスやスポーツ新聞を読んでいた
白タクの運転手がチラッと男を見るが、しかし叫んだ男の
その人相を見て慌ててスッと視線を元に戻す、

ちょっと痩せたよなぁ!
兄弟はまだ俺が兄弟の席に辿り着いていないというのに
もう待ち切れないとい った感じで遠くから嬉しそうにそう叫ぶ  
相変わらずのせっかちだガキの頃から 変わらない坊主頭には
その脳天から左耳にかけて30センチほどの傷跡が
ムカデのように這っている、

あの傷はあいつが俺と一緒に本部の部屋住みをしていた頃
幹部連中が徹夜麻雀している最中に事務所の ソファで
大鼾をかいて寝てしまい、先輩の兄ぃから灰皿で
頭を叩き割られた時の傷跡だ

くっくっくっくっくっ・・・  
兄弟は嬉しそうに笑いながら俺の懲役痩せした細い腕を、
指が三本しか残っていない右手でパンパンと叩き、
アイスか それともホットかと目をギラギラさせて聞いて来た  
しかし兄弟は俺の返事を聞く前に、いやコーヒなんて飲んでる場合じゃねぇ
出ようと椅子に座りかけていた腰を急に立ち上がらせると、
おい!哲雄!行く ぞ!と店を出ようとしていた若者にまたしても、
大きな声でそう怒鳴り、再び周り にいた台湾人ホステスたちを
悪戯に怯えさ せたのだった

兄弟どうしても兄弟を連れて行きたい 店があるんだよ・・・  
兄弟は子供のように含み笑いをしながらそう言うと
相変わらずのせっかちは衰える事を知らずそのままズカズカと早足で
歌舞伎町のネオンの中へと向かって行ったのだった
御苦労様です  
歌舞伎町の大通りから路地裏までこの街でシノギを削っている汚れ達が
歩道を闊歩する兄弟を見ては、慌てて頭を下げた

あのキャバクラは去年できた店だよ
関西の菱モンジのフロントなんだけどなまぁ
毎月の付き合いはちゃんとしてっから大目 に見てやってんだ  
兄弟がそう指すキャバクラのビルの前を通り過ぎようとすると
ビルの前にいたボ ーイがお疲れやすと関西弁混じりに小さく会釈した  

今度はその先のビルを指差しながら
そこの地下は大嶋の叔父貴が面倒見てるジノカだよと言い
そしてまた別のビルを指差しながら、あの焼肉屋は金貸しの金ちゃんが
先月オプンさせたんだと、まるで歌舞伎町の裏ガイドのように
あれこれと説明し始めた  

そんな兄弟が俺を連れて来たのがつい先日オープンしたばかりの
クラブだった場所は歌舞伎町でも一等地にあるビルの最上階
大きな窓から新宿の夜景を見下ろすその店は床も壁も
真っ白な大理石だっ た
どうだい兄弟、懲役のクリコン壁と比べ たらここは天国だろ  
まるでローマ宮殿のようなその店内をキョロキョロとしている俺に
兄弟はニヤニ ヤ笑いながらそう耳元で囁いた  
そしてそのまま続けて俺の耳元に囁いた
びっくりするのはまだ早いぜ・・・ほれ おでましだ・・・  

兄弟がそう目で合図する先にはひとりの女が立っていた  
一瞬そこに立ちすくんでいる女が誰な のかわからなかった、
しかしその切れ長な 大きな目を見つめているうちに、
急に懐かしい香りが俺の鼻孔の奥にふっと広がった
お帰りなさい・・・・女はそう言いながら、ゆっくりと
俺達が座るボックスに近付き、潤ませた目でニヤーッと俺に笑いかけると
少し痩せたねと 静かにソファに腰を降ろした  

翔子・・・  その名前を頭の中で呟いた瞬間
俺の中にあったケジメが激しく揺らいだのだった  
翔子とは俺がまだ三下小僧の時代からの付き合いだった  
三下ヤクザと小さなスナックのホステス
そんな2人は知らず知らずのうちに一緒に暮らし始め、
気がつくと翔子は俺の女にな っていた  

若い頃から刑務所を出たり入ったりして いた俺だったから
翔子も待つ事には馴れていた
あの頃怖いものなんか何もなかった金も力もない小僧だが、しかし
いつかこの街でのし上がってやるぞというハングリーな若さと、
そしていつも笑顔で待っていてくれる翔子が、
そんな俺を支えてくれていた,が,しかし今回は違った、

刑務所の中で組の解散を聞かされた俺は堅気の道を選んだ、
それは今まで俺が死に物狂いで手に入れて来たものを、
全て失うという事でもある  
この世界しか知らずに育って来た俺にとって今更のそれは
あまりにも無謀過ぎる一大決心だったが、しかし何も残ってなくとも
俺には翔子がいると俺は、獄中の中でひとつの希望に縋り付いていた  
そんな決心を俺は面会で翔子に告げた  

翔子は黙っていた淋しそうに面会室を仕切るアクリルの小さな穴を
黙って見つめていた、そしてそれっきり翔子からは
手紙もなくそして面会も途絶えた

そんな俺は薄暗い独居房の隅で少しだけ泣いた、
いやそれは悲しくて泣いたのではなく怖くて泣いたのだ  
翔子があの最後の面会室で言ったあんたヤクザしか知らないのに
これから どうやって生活して行くつもりという言葉を、
何度も何度も頭の中で繰り返し思い出 しながら、
ひとり恐ろしくなって泣いた

そう俺からヤクザという肩書きが消えたら俺はただのドブネズミだ
身体中どっ ぷりと泥水に浸かってしまったドブネズミ が今更
真っ暗なドブの中から這い出てて来てどうやってお日様のあたる世界で
生きて行けばいいんだ

怖かった堅気になるというのがこれほど怖いものとは思わなかった  
しかしもうケジメをつけた事だ、今更女に見捨てられたから
やっぱりヤクザのままでいようなんて思うくらいなら
独居房の隅の便器に頭を叩き付けて獄中死した方がましだ  
そうやって俺は翔子と別れてからの残刑2年の懲役を恐怖と戦いながら
歯を食いしばってひとりで生き抜いた そして今ヤクザの世界から足を洗った

俺は再び翔子とこの天国のようなクラブで再会したのだった
翔ちゃんさこの店でママやってんだぜ スゲェだろ、
ま〜スポンサが何人か付いてっから、実際は雇われママだけどさ
でも 数年もしたらこの店は翔ちゃんのモノだよ
だってこの店の客はほとんどが翔ちゃん目当ての
スケベー野郎ばかりだもんな、
兄弟はなぜかやたらと嬉しそうにそう言うとひとりでゲラゲラと
場違いな下品な笑い声を店内に響かせた  

翔子はクスッと笑いながら、俺がいつも 好んでいたクラッシュアイスを
グラスの中 にジャラジャラっと入れると俺が好きだった
ブランディーを少しだけ垂らした  
四年経った今でも翔子は、俺の好みを覚え ていてくれている
ちょっと痩せたみたいだけど、でも全然 変わってないね  
翔子は真っ赤なルージュを照明に輝かせ ながら
俺の前にグラスをソーッと置いた
あぁ兄弟は何にも変わっちゃいねぇよ あん時のまんまだよな兄弟  

そう言いながら俺の肩をパンパンと叩く 兄弟は
二本も欠損した指でさっそくグラ スを高々と持ち上げると
乾杯!と大 声で叫びながら俺のグラスと翔子のグラス にカチンカチンと
グラスを打つけて来た  
そしてグラスの酒をチュッと一口舐めた
兄弟は凭れていたソファからゆっくり と体を起こしては前屈みになると
静かに 俺の顔を見上げながら呟いた
兄弟の席は用意してあるから・・・兄弟はそう呟くとゆっくりと翔子を見 た  

翔子は何もかもを知り尽くしたような菩薩のような表情で
俺の目をジッと見つめたままゆっくりと優しく頷いたのだった
今のおやっさんは遅かれ早かれ あと数年で引退だろう・・・
跡を取るのはカシラ の和泉さんだよ もう決まってんだ・・・  
兄弟はテーブルの上のチョコレートを口に放り込みながら言った
和泉というのは 俺達が不良少年だった時代の先輩で今では
歌舞伎町ではちょっとした兄ぃだった

カシラがさぁ・・・どうしても兄弟を戻せってうるせぇんだよな
・・・わかるだろ兄弟、
あの人昔っから、兄弟の事気に入 ってたじゃねぇか・・・
実はよぉ兄弟・・・
俺は慌てて兄弟の言葉の腰を折った
ん?・・ 兄弟が太い眉を八の字にさせながら俺を見た  

しかし俺は今小説家を目指している んだという言葉を、
言い掛けてその言葉を 慌てて飲み込んだ  
小説家そんな世界が兄弟にわかるわけ がなく、
鼻でフフンっと笑われてしまうの がオチだと思ったからだ

・・・とにかくよぉカシラに付いてけ ば間違いねぇって
俺達みてぇに組が潰れた外様のモンでもよあの人はしっかりと
面倒見てくれるぜ  兄弟がそういうと翔子がそれに口を挟んだ ・・・
和泉さんあなたの事をいつも心配してくれてたわ、
このお店の資金もね あなたがシャバに出て来てからの
シノギになればいいからって半分も援助してくれ たのよ・・・  
翔子がそう言うと兄弟がくくくくく っと笑いながら俺の肩を抱いた
要するによこの店は兄弟と翔ちゃんの店って事よ、なすげぇだろ

兄弟はそんな俺の暗い顔を覗き込みながら,すげくねぇか?と目を点にした
・・いや凄いけど・・・しかし・・
しかしも糞もねぇって 兄弟この店はよ 一日の売上げ
200は軽く越えてんだぜ
こんないいシノギ今の御時世どこにもね ぇぜ なぁ翔ちゃん  

兄弟がそう言うと翔子は暗い表情の俺を見つめたまま
不安げな目をして静かに 頷いた
とにかくよぉ兄弟堅気になるなんて夢みてぇな事はよ
とっとと忘れちまったほうがいいよ
実際シャバに出て来てどうだい、まともにメシ喰って行けねぇだろ?

そりゃそうだよ今の時代カタギだって、
ロク にメシ喰っていけねぇほどの不景気だ
ム ショ上がりの元極道の兄弟がどうやって凌いでくんだよ
刺青だらけの体してよ前科 ぶら下げた兄弟がよ
この御時世カタギで やって行くなんて絶対に無理だって  
兄弟は一気にそう言うと水滴の付いたグラスをクイッと傾け
濃厚な水割りを一気に飲み干した  

空になった兄弟のグラスを翔子が取ろう とすると
兄弟はいや・・・とそれを 制止した
まぁ兄弟よぅ今晩ゆっくり翔ちゃん と2人で考えろよ
兄弟の腹が決まり次第 すぐにでもカシラとの盃は出来るように
準備できてっから・・・
兄弟はそう言ってゆっくりと立ち上がると
明日いい返事を待ってるからと人懐っこい笑顔でそう言い席を立った  

怒り肩の坊主頭がまるで周囲を威嚇しているかのようにノッシノッシと
出口に向 かって歩いて行くそんな坊主頭に残酷に浮かび上がるムカデ傷が
彼の獰猛な人生を 物語っているようだった

ドアの前でふいに足を止めた兄弟は
何 かを思い出したようにゆっくりと振り向い た
久々の再会だからって今夜あんまりヤリすぎないように ポツリとそう呟くと
ひとりでガハハハ ハハっと笑いながらドアの前に立っていた ボーイに、
また来るぜと手をあげると そのまま大きな笑い声を響かせて
店を出て 行ったのだった



兄弟の野蛮な笑い声が消えると共に店の隅の白いグランドピアノからは
ドビュッシの月の光が店内に優しく流れ始め
今まで妙な緊張感に包まれていた店内の雰囲気が一瞬にして
穏やかに変わった、

この月の光は刑務所で四年間毎日聴き続けた曲だった
俺のいた刑務所では就寝五分前になるとラジオから必ず
この曲が 流れ始めるからだ 静まり返った舎房に響く月の光は
とても淋しかった受刑者達は、この曲を聴き ながら
やっと一日が終わると言う安堵感に包まれ
そしてあと何回この曲を聴けば自 由になれるのだろうと
布団の中で指折り数えるのだった、
俺も毎晩布団の中でこの曲を聴きながらシャバへの不安を募らせていた
俺にとってこの曲は苦しさと淋しさしか思い出させない辛い曲だった

ごめんね・・・面会に行かなくて・・
翔子はまるで月の光を奏でるかのような優しい声でそう呟いた ・・・
もういいよ・・俺はポケットから煙草を取り出しながら
ゆっくりと翔子の顔を見た  
2年ぶりに見る翔子は美しかった菩薩のような切れ長の目からは
優しさだけが溢れ、その優しいオーラは、あの頃のように
俺を心地良く包み込んでくれた・・
だめ?・・・ 翔子は煙草を銜えた俺の口元に金色に輝くライターの火を
そっと近づけながら囁いた、

体を寄せる翔子からは四年前に
一緒に暮らしていた部屋の香りが漂ってきた
なにが?
俺がそう聞くと翔子は一度静かに目を 伏せ
そして再びゆっくりと俺を見上げると
私たち・・・もうダメかな・・・と呟きながら
キラキラ光る下唇を真っ白な前歯でキュッと噛み締めた  

俺は言葉に詰まった 実際何と答えていいのかわからなかった  
確かに俺はまだ翔子に未練があるそれにシャバに出て来てから
随分と荒んだ生活をしてきた俺にとってこの空気は
四年前の忘れかけていたあの頃の楽しかった昔を思い出させてくれる  
出来る事ならこのまま昔に戻りたい
そして昔のように翔子と兄弟とおもしろおかしくこの街で夢を追いかけたい
しかし・俺はグラスを静かに口元にあてると
グラスの中で溶けかけたクラッシュアイスで火照った唇を冷やした

私・・・あなたが出て来るのをずっと待 ってた・・・
あなたがまたこの街に帰って来るのをずっとずっとひとりで待ってたの
・・・・そう呟く翔子をそっと見上げると俺を見つめる翔子の
大きな目はぼんやりと潤ん でいた  
俺と目が合うなり翔子はそんな淋しい瞳の輝きを掻き消すかのように
フッと笑っ た  

俺も釣られて唇を歪ませた  
そんな俺の照れ笑いを返事だと受け取っ たのか
翔子はいきなり小さなポーチを静かに開けると
中から銀色に輝く鍵を取り 出しそれを俺の煙草の箱の上にソッと置いた

アヴェニール新宿の805号室・・ほら覚えてるでしょ、
昔あなたがいつもあんなでっけぇマンションに住みてぇな ぁって、
見上げてたあの西新宿の・・・・
翔子はあの頃のギラギラした俺を思い出 したようにクスッと笑った
あぁ覚えてるよ・・・俺は銀色に輝く鍵を見つめながら
あの頃そのマンションを見る度にいつかは俺も
あんなでっけぇマンションに住んで新宿を見下ろしてやるからなと
口癖のように能書きを垂らしていたガキの頃を思い 出した

あなたが喜んでくれるかと思って・・あのマンションに引っ越したの・・・
翔子は恥ずかしそうにそう微笑みながら俺が銜えたままの煙草を
細い指でそっと唇 から抜き取ると、溢れそうな煙草の灰を
灰皿にポトッと落としまた、俺の唇に煙草を銜えさせた
お店あと二時間くらいで閉めるから・ ・・先にお部屋に帰ってて・・
翔子は優しく笑うと持っていたハンカ チをポーチに仕舞い
じゃあねっと あの頃と同じようにウィンクしながら
静かに席を立とうとした

おい・・低い声で俺が呼び止めると
翔子は無言 で振り向き大きな目を輝かせながら ん ?っと首を傾げた
本当に・・・いいのか?・・俺は銀の鍵を指で摘みながら聞いた  
翔子は再びふっと微笑んだ
そして あなたが昔ずっと着ていたパ ジャマ・・
ソファの上に出しておいたからと嬉しそうにそう言うと
翔子はそ の笑顔のまま月の光が優しく流れる店 の奥へと
静かに消えて行ったのだった  

エレベタを降りると深夜の歌舞伎町はムッとした熱気に包まれていた  
青い水銀灯に照らされたビルの前には 黒光りした高級車が二台
ビルの正面を塞 ぐようにして停まっていた 車の前には
運転手らしき体格のいい男が2人ニヤニヤと笑いながら立ち話をしている  
ひとめでヤクザ者とわかる男達だった  
雑談している2人の口調と2人が着ている趣味の悪いダブルのスーツから
彼らが関西の極道というのが読み取れた  

そんな2人はエレベータホールからゆっくりと歩いて来る俺に
ピタリと雑談を止め一瞬鋭い眼光を俺に向けてきた  
四年前の俺だったら間違いなくその黒光りの車の前まで行き
邪魔だからどけろと車のボンネットに唾のひとつも吐いていただろう
しかし今の俺はもう昔の俺ではない
今の俺には代紋というバック ボンはないのだ  
俺はゆっくりと進みながらポケットか らソーッと手を抜くと
曲がっている猫背を静かに伸ばした  

そして2人の男達からさりげなく視線を反らすと
そのまま連なる二台の車の隙間をすり抜けようとした
おい・・・あっち回らんかい・・・  
ぶくぶくに太った男がそう言いながらいきなり俺の前に立ち塞がった  
一瞬怒りで脳がクラっと揺れる  
ビルの前に置いてある桃色学園2年H組という大きな看板を
その車のフロン トガラスに叩き付け目の前にいるデブの醜い二重アゴに
おもいきり拳をめり込ますシーンを瞬時に妄想した

なんやその顔・・・  北国のキタキツネを連想させる痩せ細っ た男が
革靴の底をジャリッと音立てながら俺に一歩近付いた  
俺は無言で素早く体を方向転換し彼らから逃げるようにして
ビルの右端の狭い隙間に向かって足を早めた  

そんな俺の背後からボケがぁというデブ男の捨て台詞が聞こえたのだった  
正直泣きたいくらいの敗北感だった  
決して俺はケンカなど強くないが
しかし今まで尻尾を巻いて逃げた事は一度もな い
叩かれ蹴られてボロ雑巾のようにされた事など数え切れないほどあるが
しかし 一度だって相手に背を向けた事はなかった

俺は悔しさのあまり歩道のピンクチラシを蹴飛ばしながら
畜生・・・っと呟くそんな怒りと悔しさはいつまでも心の隅で燻っていた
知らぬうちに猫背になって歩いている俺は
今すぐにでもあいつらの所に引き返しあの黒光りの高級車を
金属バットでグシャグシャにしてやりたいとそればかりを妄想している  

そんな妄想を抱きながら歌舞伎町の路地 を歩いていると
やっぱり俺には堅気は無理なのかも知れないという不安に包まれた  
このまま中途半端な堅気でいればこの先こんな悔しい思いは
何度も何度も味わう事になるのだろうと首筋が寒くなった
そしてその度に俺はこうして生き恥を晒さなくてはならないのかと考えると
急に悔しさで胸がゾクゾクし おもわずその場で気が狂いそうになった  

やっぱり無理だ俺には堅気なんて無理なんだ
そうだ兄弟や翔子の言う通りな んだ
やっぱり俺はどっぷりと極道の世界に浸かってしまったヨゴレなんだ
いくら 気分は堅気になってても俺のこの体に染 み付いた汚れは
四年前と何にも変わっちゃ いねぇんだ  
そう心で呟きながら明日さっそく兄弟に連絡しようと思った瞬間
いつの間にか見慣れた路地裏に辿り着いていた事にふと気付いた  

その細くて薄汚い路地裏は優子が働いている
ピンクサロンへ向かう路地裏だった  
優子がその店で働くようになってからの数日間はいつも店が終わる頃に
優子を迎 えに来ていた薄ら寂しい路地裏だった  
そう翔子のマンションへと向かっているはずの俺は
あれこれと考えながら歩いているうちにいつの間にか
この通い馴れた路地裏に来てしまっていたのだ  

足を止めた俺はどこかの雑居ビルから 聞こえてくる
まるで叫んでいるかのようなキチガイじみたカラオケに包まれながら
路地の奥でチカチカと輝いている下品なピンクサロンの
ネオンをぼんやり見つめてい たのだった  

優子がその下品なピンクサロンで働き始めたのは
俺と知り合ってから一週間も経たない頃だった  
ひょんな事から優子という女と出会った
その日出所して間もなかった俺は人恋しさから優子を抱いた  
まっさらの堅気だった優子は俺のような汚れた獣に抱かれることにより
汚れの知らないその心と体をみるみると俺色に染 めていった  
まるで純粋な学生が同棲生活するように舞い上がった2人は
さっそく薄汚いワン ルムマンションを借り
その布団1枚しかない殺風景な部屋で暮らし始めた  

炊飯ジャーも買えなかった俺達はいつも近所の吉牛から
白飯だけを売ってもらい、優子がバイト先の居酒屋から拝借して来た
鰹節をふりかけては醤油をぶっかけて喰っていた  
優子は優しい女だった 毎日毎日バカみたいな小説を
必死で書いている俺を見ては
芥川賞を受賞したら もっと広い部屋に引っ越そうねと微笑み
俺の小説など 一ども読んだ事がないくせに
俺は小説家として絶対に成功するんだといつも言ってた  
そんな2人の生活は毎日が楽しかった しかし生活はどん底だった

堅気の仕事ができない俺の代りに優子は昼も夜もバイ トをしていたが
しかしスーパや居酒屋 の安い時給では
ここのマンション代を支 払うのが精一杯だった  
ある時俺はもっと家賃の安い下町に引 っ越そうと決めた
そしてアパート情報紙をあれこれと見つめていると
ふいに優 子がその情報紙をパタンっと閉じ
そっと 俺に言った 新宿のネオンが見える部屋じゃないと
い い小説書けないんでしょ?  

優子はそう笑うとバッグの中から街角で配布されている
ポケットティッシュを俺の前に置いた  
それはピンクサロンの求人募集が印刷されたポケットティッシュだった
芥川賞を取るまで私が働くからなにも 心配しないで
この新宿が見えるマンショ ンでいい小説を書いてね  
優子は丸い目をキラキラと輝かせながらそう微笑んだのだった  
ふいに俺のポケットの中の携帯が震えた  

それと同時に路地の奥のピンクサロンのネオンがパッと消えた  
急に暗くなった路地裏でソッと携帯を取 り出す
メールは優子からだった 俺は雑居ビルの排水口から
ドブ臭い汚水がドボトボと流れ出す音を聞きながら
優子のメールを開いた 今お店終わったよ♪
今日はお店が暇だったから全然チップ稼げなかった
だから、少しでも、店長にお願いして二万円前借りしたよ♪
今から帰るね歩いて帰るから ちょっと遅くなるかもしれないけど
心配 しないでね♪  

パタンっと携帯を閉じた瞬間路地裏のビルの隙間から
都庁のてっぺんの赤ライトが点滅しているのが見えた  
翔子の高級マンションからはきっとあの巨大な都庁が
真正面に見えるはずだ
毎日二百万円近くの売上げと高級マンシ ョン
そして俺はあの頃のようにイタリ のスーツを羽織って
我が物顔で歌舞伎町を のし歩く
想像するとおもわずふっと笑いが込み上げて来た  

再び雑居ビルの排水口がゴボッと音を立 てた
白く輝く米粒混じりの汚水がドボドボと真っ暗なドブの中に落ちて行く  
そんなドブの底をふと見ると一匹のドブ ネズミが
ヨタヨタと這っていくのが見えた  
それはまるで自分を見ているようだった
お天道様の下にも出れず かといって 夜の大通りを
堂々と歩く事も出来ず ただただ路地裏のヘドロ臭い
真っ暗なドブの中を コ ソコソと彷徨い歩く一匹のドブネズミ  

そんなドブネズミを見つめていると
ふいに路地の奥から足音が聞こえてきた
あっ! そんな声の先に俺がゆっくりと顔をあげると
そこには安物のコートを羽織った優 子が
まるで幽霊でも見たかのような驚いた顔をして突っ立っていた  
優子は俺を見つめてふふふふふっと嬉しそうに笑うと
俺に向かって暗闇の路地を走って来た  
それはまるで飼い主を見つけた子犬のようだ、迎えに来てくれたの!  

優子は俺の前まで一気に走って来ると ガサガサに化粧が落ちた顔を
月夜に浮かばせながらなぜか嬉しそうに
ピョンっと、一 回飛び跳ねた。
別に迎えに来たんじゃねぇよ・・・  
俺が優子のそのガサガサに落ちた化粧を ジーッと見つめながら
ぶっきらぼうにそう言 うと
優子はそれに気付いたのか両手で頬をパッと隠しながら
今日ね酔っぱらいのおじさんを怒らせちゃってね・・
顔にお酒ぶっかけられちゃったと、恥ずか しそうにへへっと笑った
・・・なんで怒ったんだよ・・
眉間にキュッとシワが寄った俺の目を見て
優子は慌ててわかんない・・・っ と誤魔化した  

しかし俺にはその酔っぱらいのオヤジが怒った理由がすぐにわかった  
それは優子が客に胸を触らせないからだ  
こんな事は今までにも何度かあった
先日も左頬を赤く腫らせて帰って来た優子を 見た俺は
その理由を問い詰めた。
するとそれはドカタのおっさんがいきなり優子のスカートの中に
手を入れてきた為それを優子が拒否すると
いきなりそのドカタが優子の頬を叩いてきたというのだ  

それ聞いて怒り狂った俺はさっそく店に怒鳴り込んで
店長を締め上げてやった  
それからというものどんな些細な事でも俺は店長を呼出し
てめぇの管理がなってねぇんだよ!と凄んでは
店長を震え上がらせていたのだった  

そんな事がある度に優子はお店に行き 辛い・っとしかめっ面をしていた
だから優子はこの時もまた俺が店に怒鳴り込みに
行くのを怖れていたのか 客に酒をぶっかけられた理由を
正直に言おうとはしなかったのだ
バカな女だ・・俺はそんな優子の酒で滲んだアイライ ンを見つめながら
つくづく思った  

やはりついこの間まで堅気の大学生だった優子には
ピンクサロンという世界は無理なのかも知れない  
そうこいつは俺とは逆なのだ。
どっぷりとヤクザに染まった俺が堅気の世界に馴染めないように、
まっさらな堅気のお嬢様は路地裏の世界には馴染めないのだ  
俺はそう思った瞬間この堅気のお嬢様を
すぐに解放してやらなくてはと急に焦りを覚えた 。 

黒が白になるのは難しいが、しかし白が黒に染まるのは容易な事だ  
この娘を黒く染めてはいけない・・・
そう焦った俺は静かに優子の細い肩に手を置いた  
そして優子の顔を見つめながら、別れを切り出そうとした時
いきなり優子は安物のコートのポケットの中から
しわくちゃの 一万円札を二枚取り出した  
優子はんふっと満面の笑みを浮かべ ながら、
はいっと俺の手に二万円を押し 込んだ ・・・

あのさぁ・・・
そんなしわくちゃの二万円を見て、
急に やりきれなくなった俺が口を開くと
まだ足りない?と優子は悲しそうな顔で俺を見つめた
瞬間、俺は優子のその汚れなき瞳に胸を掻きむしられた
足りないなら・もう少し店長にお願 いしてみる  
優子はそう言うとクルッと俺に背を向 けて、
また路地を走り出そうとした、

こいつはどうしてここまで必死になれる んだ・・・  
そう思った俺はおもわず待てっと優 子を呼び止めた  
俺の声に優子は無言で振り返った

こんなガキが必死になれて俺が必死になれないわけがない・・・
そう思った瞬間 優子の顔を優しく見つめていた俺はもういいよ・・・
金必要 なくなったと笑っていた  
しかし優子はそんな俺の笑顔に戸惑い ながら
でも・・・っと化粧の落ちた アライグマのような顔でモジモジする
いらねぇって言ったらいらねぇんだよ ガキがゴタゴタ言ってんじゃねぇ  

俺はいつもの口調でそう言うと ポケッ トの中から
翔子の部屋の鍵を摘み出し躊躇う事なくドブに向けて鍵を投げた  
ペチャっとヘドロの上に落ちた銀色の鍵は
真っ黒なドブの中で新宿の月夜に照らされながらキラッと輝いた

そんな鍵を見つけたドブネズミがヨタヨ タと鍵に近付き
小さな鼻をヒクヒクさせ ながら 匂いを嗅ぐが
しかしすぐに興味な さそうにまたヨタヨタと
ドブの暗闇の中へ と向かって歩き出した ・・・

なに捨てたの?・・優子はドブの中の鍵を
不思議そうに見つ めながら呟いた
なんでもねえよ・・・帰るぞ  そう歩き出した俺は
暗黒街にきっちりとケジメをつけた気がして清々しい気分だ った  
そんな猫背で歩く俺の背中にいきなり優子が 
ねぇ…マック買って帰ろうよ ぅ・・・っと甘えた口調で呟いた

そんな汚ねえ化粧の女連れてマック行く のヤだよ  
路地を一歩一歩進みながらそう言うと 化粧直すからぁ・・・
ねぇ 行こうよぅ・・っと駄々をこねる子供のように
優子が 俺の腕にしがみついた  
俺は優子の体をずっしりと腕に感じながら
もう一度鍵を捨てたドブを振り返った  

まぁ見てろ今にその芥川賞とやらを奪い取ってみせるからよ・・・  
俺はドブの底に消えて行ったドブネズミに心の中でそう呟くと
優子と2人して薄暗い路地裏の暗闇に
吸い込まれていったの だった  

…終わり
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